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東京高等裁判所 昭和24年(わ)452号 判決

上告人 被告人 伊藤利喜蔵

弁護人 藤田馨

検察官 小泉輝三郎関与

主文

本件上告はこれを棄却する。

理由

本件上告論旨は末尾添付の弁護人藤田馨名義上告趣意書と題する書面に記載の通りである。当裁判所は之に対し次のように判断する。

第一点について。

詐欺罪に於て法律が重視するところは欺罔と被害との間に因果関係の存することであつて被欺罔者が被害者と同一人であるか否の点ではない。被欺罔者と被害者とが別人であつてもそれは詐欺罪の成立に影響を及ぼさない。それ故に詐欺罪の被害者が何人であるか、換言すれば被害者が甲であるか又は乙であるかが犯罪事実の同一性を判定する唯一の要素であるとする論旨は聊か早計に失する嫌があると謂ざるを得ない。抑も詐欺事実の同一性を論ずるには被害者が何人であるかと云うことを考慮に入れることも必要ではあるがそれよりも寧ろ欺罔手段及被欺罔者の点に於て同一性が認識せられるか否かに重点を置いて決すべきである。

原審第一回公判調書に依ると検察官は第一審判決書記載の犯罪事実につき審判を求めたことは洵に所論の通りである。而して第一審判決の第二事実と第二審判決の第二事実とを対照すると両者とも犯罪の時及場所が同一であることは勿論、欺罔手段及被欺罔者の点に於ても亦同一である。只稍異るところは第一審判決は被欺罔者手塚丑造を直接の被害者と認めたのに対して第二審判決は冲電気株式会社代理人天野義熊を終結的被害者なりとしている点だけである。従つて叙上判定の規準に拠つて両判決の認定した事実を彼此検討すれば両者は同一の詐欺事実であると判定すべきである。即ち原判決は検察官が審判を請求した第一審判決書記載の事実に付審判したものであつて審判請求を受けない別個の事実につき審判したものではない。

又原判決は所論のように手塚丑造に対する関係に於て無罪を認めた趣旨でないことは判文上明白であるからこの点につき無罪を言渡さなかつたことは正当である。

これを要するに原判決には所論の如き違法は一つも存在しない。論旨は理由がない。

第二点について。

原判決は審判の請求を受けた事件につき判決せず又審判の請求を受けない事実に付判決したものでないことは第一点に於て既に説明した通りであるから本論旨はその前提に於て誤つておりその理由のないことは説明を待つ迄もなく自明である。論旨は理由がない。

第三点について。

被告人が判示第一の契約当時ガソリンの手持がなかつたことは原判決が同判示事実の証拠として引用した被告人の公判廷に於ける供述と名取英造に対する検察補佐官の聴取書、同司法警察官の聴取書中各供述記載に依り裕にこれを認めることが出来るし、又判示第三の契約当時ガソリン入手の確実な当がなかつたことは原判決挙示の堀口義貴に対する司法警察官の聴取書、同検察補佐官の聴取書の供述記載からこれを看取するに十分である。故に原判決は証拠なくして事実を認定したものと云ふを得ない。論旨は理由がない。

仍て旧刑事訴訟法第四百四十六条に依り主文の通り判決する。

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)

上告趣意書

一、原判決は審判の請求を受けた事件に付判決をなさず又は審判の請求を受けざる事件に付判決をした違法がある。

1、即記録によれば原審公判に於て検察官は原審判決書記載の犯罪事実に付審判の請求をなしたことは明白である。

而して其の原審判決書記載の第二によれば被告人は手塚丑造よりガソリン売却の意思のないのに同人を欺罔して契約金名義で金五万円を騙取したということになつて居る。

2、処が原判決は其の点に付沖電気株式会社代理人天野義熊を誤信させて同人から前示欺罔手段を用いて金五万五千円の交付を受けて之を騙取したと判示して居る。

3、其処で考えて見るに審判の請求をした事実は被害者は手塚丑造であるとして居るのに原判示の認定は被害者は天野義熊ということになつて居るが之では原判決は審判の請求を受けた事件に付判決を為さざるか又は審判の請求を受けない事件に付判決を為したことになる。

即凡そ詐欺の犯罪事実に付被害者が何人であるかは犯罪の成立上欠くべからざる要件であり被害者が甲であるか若くは乙であるかは犯罪事実としては同一性あるや否やを判定する唯一の要素であると謂わねばならぬ。即審判の請求をした被害者なる者が本件に於て手塚丑造であり、判決の認定した被害者が天野義熊である以上右審判の請求した事件と判決の認定した事件とは全然別個の事件であると謂わなければならぬ。依て原判決が被害者を天野とするならば宜しく被害者手塚丑造の審判請求事実は無罪としなければならない。従て被害者天野義熊は審判の請求事実に包含されて居らないから原判決が之を認定することは不可であろう。仍て原判決は冐頭説示の違法ありと謂わねばならぬ。

4、以上の所論は例え被害者手塚丑造の審判請求の事実と原判示の被害者天野の事実と公訴事実として同一性ありとしても之が適用を見るべきものと思料する。若し被害者の異なつたことは犯罪の同一性を害しないとしても此の際は宜しく被害者の手塚の点に付ては更めて之を無罪として判示しなければならないのである。

依て原判示は右の違法がある。

二、以上所論の違法の点は又実に憲法違反であると謂はねばならぬ。

即憲法によれば何人も裁判所に於て裁判を受ける権利を奪はれぬ又被告人は公平な裁判所の裁判を受ける権利を存する旨を明定して居る而して前示所論の如く審判の請求を受けた事件に付判決をなさず又は審判の請求を受けざる事件に付判決をなした原判決は寔に吾人の又被告人の公正なる裁判を受ける権利を無視してなしたものと謂ふことが出来るので憲法違反とも謂へるのである。

三、原判決は虚無の証拠によつて事実を認定した違法がある。

1、即原判示第一の名取英造に対する詐欺の事実として当時被告人はガソリンの手持が全然ない旨を判示して居るが其の証拠として被告人の原審公廷の供述と名取に対する検察補佐官及司法警察官の各聴取書を挙げて居る。

而して被告人の右供述は被告人が名取にガソリンを売ることを申述べて金員を受領した点のみであり又名取に対する右各聴取書中の供述記載によれば被告人がガソリンを買ひ集めてある旨を申し又何回請求してもガソリンを引渡さなかつた点が強調されて居るに過ぎず右証拠によつては何等被告人が当時ガソリンの手持が全然無かつたとの証拠にはならない。

2、原判示第三の堀口義貴に対する詐欺の事実として被告人が何等ガソリン入手の確実な当もない旨を判示して居るが其の証拠として被告人の原審公廷の供述と堀口に対する司法警察官及検察補佐官の各聴取書を引用して居る。

而して被告人の右供述は被告人が堀口にガソリンの売る約束をして同人から金員を受領した点のみであり又堀口に対する各聴取書中の供述記載によれば被告人がガソリン三十本ばかりあるところがある旨を申し又何回請求しても被告人が之が引渡をしなかつた点を強調されて居るに過ぎず右証拠によつては何等被告人がガソリン入手の確実な当もなかつたとの証拠とはならない。

以上の理由により原判決は破棄さるべきものと思料する。

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